金閣寺

鹿苑寺(金閣寺)とは

鹿苑寺(金閣寺)は京都府北区にある寺院で、『古都京都の文化財』のひとつとして、1994年12月にユネスコの世界遺産に登録された。

概説

『鹿苑寺』(※別名 金閣寺)は、臨済宗相国寺派の寺院である。鹿苑寺の始まりは、鎌倉時代に遡る。藤原一族である『藤原公経』が北山の土地を所有し、1224年に『西園寺』を建立した。西園寺と名付けたことにより、自らの名も『西園寺公経』と名乗るようになった。しかし鎌倉幕府滅亡後、多くの資産を失った西園寺家は衰退していき、西園寺の修理をすることができず次第に荒れ果てていった。1397年、室町幕府三代将軍である『足利義満』が河内の領地と引き換えに、西園寺を譲り受けたことにより改築と新築が行われるようになった。足利義満は、当時権力も財力も持ち合わせていたため、威厳さや自己顕示欲を満たすなどの理由で多くの金を使用したとも言われている。当時は『北山殿』または『北山第』と呼ばれており、北山第は別荘として使用されていた。1408年に足利義満は遺言を残してこの世を去ってしまう。遺言は別荘である北山を、寺に変えてほしいとのことであったため、お寺に変えて北山第の名を、足利義満の法号である鹿苑院殿から『鹿苑寺』と名付けられた。しかし、1467年~1477年に起きた『応仁の乱』によって鹿苑寺は焼失してしまう。その後、江戸時代に少しずつ再建が行われるようになり、1649年に舎利殿の大修理も行われたが、1950年に、徒弟僧が放火をする『金閣寺放火事件』が起こる。これによって鹿苑寺は再び焼失してしまうが、1955年に再建された。その後、1986年から1987年の2年間に及ぶ大修理が行われ、金箔や漆の張替えがされたことにより、現在の姿となった。

鹿苑寺(金閣寺)の特徴

『鹿苑寺』は相国寺の塔頭寺院の一つであり、知名度の高さから多くの環境客が訪れている。黄金に輝く『舎利殿』は金閣とも言われていることから、『金閣寺』とも呼ばれている。舎利殿の屋根の上にある鳳凰は、創建当時のものが使用されている。舎利殿の前には『鏡湖池』という大きな池があり、池には鹿苑寺が逆さに映し出される『逆さ金閣』も撮影スポットとして人気を集めている。境内のほぼ中央にある広大な建物『方丈』は入母屋造の建築様式であり、重要文化財にも指定されている。

拝観時間
9時00分~17時00分

拝観料
大人:400円
小中学生:300円

アクセス

JR京都駅よりバス(京都市バス205系統)『金閣寺・北大路バスターミナル行』→約40分
『金閣寺道』下車→徒歩約5分
駐車場あり(※有料)

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