メジロマックイーンとは

メジロマックイーンは日本の競走馬でGIレースを4勝した名馬。現役時代は主に長距離路線で活躍し、引退後にその功績を讃えてJRAが決定する競馬の殿堂にも選ばれている。

競走馬としてのメジロマックイーン

メジロマックイーンは4歳(旧馬齢、以下同)の2月とやや遅めのデビューになる。新馬戦は能力の違いを見せて楽勝するが、その後3戦続けて敗退、デビュー戦後は日本ダービーも視野に入れるほどであったが、陣営は目標を秋の菊花賞に定め休養に入る事になった。
9月に復帰すると復帰初戦は2着、続戦に勝利を挙げるとなんと連闘を敢行し連勝する、その後菊花賞へ向けて嵐山Sに出走するが2着に敗れてしまう。これにより菊花賞は賞金不足で出走が危ぶまれたが、回避馬が出た影響で出走が可能になった。
菊花賞は条件馬の身ながら、長距離適性が買われて4番人気に支持される。レースでは持ち前のスタミナを発揮し4角先頭から後続を振り切って見事優勝を果たす。この後は有馬記念などには向かわず年内は休養に充てることになった。

5歳時は充実の一途で春の阪神大賞典、天皇賞春を優勝、宝塚記念は遼馬であるメジロライアンに負ける事になるが安定感の高い走りで本格化を予感させた。秋は京都大賞典を楽勝後、春秋の連覇を目指し天皇賞・秋に出走、レースでは後続に6馬身もの着差を付けて大楽勝するも、レース直後に内側に斜行したとして降着処分となり、18着になってしまう。これでリズムが狂ったのか続戦のジャパンカップ有馬記念共に敗退し5歳を終える。

6歳時は前年と同じく阪神大賞典から始動し優勝、次戦となった天皇賞春ではトウカイテイオーとの対決が話題になったが全く隙を見せずに勝利し連覇を果たす。その後宝塚記念に向けて調教を積んでいたが骨折が判明し長期休養が必要となり、結果6歳時に出走したレースはこの2戦のみになった。

復権に向けた7歳時は大阪杯から始動、当時のレースレコードで優勝を果たし、3連覇を目指して天皇賞・春に進むもレースではライスシャワーにマークされ2着に敗退してしまう。ただし続戦となった宝塚記念を勝利し、4年連続でGI競争を優勝するという快挙を成し遂げた。
休養を経て秋は京都大賞典から始動し3馬身半の楽勝、優秀の美を飾るかと思われた矢先に故障を発症し、引退する事になった。

種牡馬としてのメジロマックイーン

種牡馬としてのメジロマックイーンの成績は期待された結果を残したとは言えず、有力な後継馬を残す事は出来なかった。
ただし母の父としてドリームジャーニー、オルフェーヴルゴールドシップなどを輩出しており、いずれも父馬がステイゴールドであることから父ステイゴールド、母父メジロマックイーンは黄金配合と呼ばれることもあった。

メジロマックイーンの血統

メジロティターン メジロアサマ
シェリル
メジロオーロラ リマンド
メジロアイリス

メジロマックイーンの競走馬成績

レース名 着順
4歳新馬 1着(村本善之)
ゆきやなぎ賞 2着(村本善之)
あやめ賞 3着(村本善之)
渡島特別 2着(内田浩一)
木古内特別 1着(内田浩一)
大沼S 1着(内田浩一)
嵐山S 2着(内田浩一)
菊花賞(GI) 1着(内田浩一)
阪神大賞典(GII) 1着(武豊)
天皇賞(春)(GI) 1着(武豊)
宝塚記念(GI) 2着(武豊)
京都大賞典(GII) 1着(武豊)
天皇賞(秋)(GI) *18着(武豊)
ジャパンカップ(GI) 4着(武豊)
有馬記念(GI) 2着(武豊)
阪神大賞典(GII) 1着(武豊)
天皇賞(春)(GI) 1着(武豊)
産経大阪杯(GII) 1着(武豊)
天皇賞(春)(GI) 2着(武豊)
宝塚記念(GI) 1着(武豊)
京都大賞典(GII) 1着(武豊)

メジロマックイーンの種牡馬成績

順位
1997年 229
1998年 40
1999年 22
2000年 21
2001年 22
2002年 26
2003年 28
2004年 43
2005年 45
2006年 66
2007年 78
2008年 72
2009年 84
2010年 137
2011年 285
2012年 298

競走馬情報

生年月日 1987年4月3日
性別 牡馬
毛色 芦毛
通算成績 21戦12勝
主な勝ち鞍 菊花賞、天皇賞・春、宝塚記念
所属厩舎 池江泰郎(栗東)
生産者 吉田堅牧場
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