ナリタブライアン

ナリタブライアンとは

ナリタブライアンは日本の競走馬、種牡馬。種牡馬として活動していた1998年9月27日に疝痛を起こし、その後回復の見込みがない事から安楽死の処分が取られた。現役時代の通算成績は21戦12勝。

競走馬としてのナリタブライアン

ナリタブライアンは3歳(旧馬齢)時に函館でデビュー、デビューから5戦は2着、1着、6着、1着、3着と勝ったり負けたりを繰り返していたが、6戦目となった京都3歳Sで勝利すると続く朝日杯3歳ステークスも優勝し3歳チャンプとなる。明けて4歳では共同通信杯を選択し勝利を収めると続くスプリングSも圧勝する。クラシック競争の第一弾である皐月賞は先行策から直線では他をまとめて突き放す横綱競馬を見せ勝利を収める。続く日本ダービーでは1.2倍の圧倒的一番人気に支持され、その期待通り直線では次元が違う走りを披露し2着に0.9秒差もつける大楽勝で2冠馬となる。
夏を休養に充てたのち秋は京都新聞杯から始動するもレースではスターマンの強襲に遭い2着に終わる。迎えた3冠レースの最終戦菊花賞では一部不安も囁かれたがまたもや圧倒的な走りで他馬を一蹴し優勝、見事3冠馬に輝く。
続いて4歳最終戦となった有馬記念も制し4歳シーズンを終える。成績から文句なしの年度代表馬に選出される。
ナリタブライアンの5歳シーズンは苦しいものとなった。初戦の阪神大賞典を楽勝し、天皇賞、宝塚、そして海外遠征というプランを描いていた矢先に故障が判明し秋まで休養に充てることになる。その後復帰した天皇賞秋では12着、ジャパンカップでは6着、有馬記念では4着と全く成績は振るわなかった。
現役最後の年となる6歳では、始動戦となる阪神大賞典で前年の年度代表馬マヤノトップガンとのデッドヒートになり、最後なんとか競り落として一年ぶりの勝利を飾る。このレースは向こう正面から2頭がつばぜり合いをして最後の直線まで叩き合った事から名勝負とする人も多い。
この結果により完全復活が期待されていたブライアンだが、続く天皇賞春ではサクラローレルの前に屈し2着、次戦が注目されたが選ばれたのはなんとその年からGIに格上げされた高松宮杯で距離1200mであった。天皇賞春の3200mから一気に距離短縮を行ったことが影響したのかレースは4着に終わる。その後脚に屈腱炎を発症している事が判明し現役引退となった。

種牡馬としてのナリタブライアン

種牡馬としてのナリタブライアンは現役を引退した1997年と亡くなった1998年に計2世代までしか産駒が存在していないため評価は分かれる。

ナリタブライアンの血統

ブライアンズタイム ロベルト
ケリーズデイ
パシフィカス ノーザンダンサー
パシフィックプリンセス

ナリタブライアンの競走馬成績

競走名 着順
3歳新馬 2着(南井克巳)
3歳新馬 1着(南井克巳)
函館3歳S 6着(南井克巳)
きんもくせい特別 1着(清水英次)
デイリー杯3歳S 3着(南井克巳)
京都3歳S 1着(南井克巳)
朝日杯3歳S 1着(南井克巳)
共同通信杯4歳S 1着(南井克巳)
スプリングS 1着(南井克巳)
皐月賞 1着(南井克巳)
東京優駿 1着(南井克巳)
京都新聞杯 2着(南井克巳)
菊花賞 1着(南井克巳)
有馬記念 1着(南井克巳)
阪神大賞典 1着(南井克巳)
天皇賞(秋) 12着(的場均)
ジャパンC 6着(武豊)
有馬記念 4着(武豊)
阪神大賞典 1着(武豊)
天皇賞(春) 2着(南井克巳)
高松宮杯 4着(武豊)

ナリタブライアンの種牡馬成績

成績
2000年 223
2001年 58
2002年 38
2003年 57
2004年 134
2005年 139
2006年 234
2007年 -

競走馬情報

生年月日 1991年5月3日
性別 牡馬
毛色 黒鹿毛
通算成績 21戦12勝
主な勝ち鞍 牡馬クラシック三冠、有馬記念
所属厩舎 大久保正陽(栗東)
生産者 早田牧場
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